紅茶百科

紅茶見聞録

Black tea chronicles

或るロンドンでの出来事

エピソード1
少し後悔が残るアフタヌーンティー

初夏のパークレーン通り。向こう側はハイドパーク。

「・・・それと一流ホテルでの、アフタヌーンティーも体験しておきませんと話になりませんので。」
20世紀も終わろうとするある年の初夏のことである。
着任間もない商社マンFさんに相談し、あるホテルを希望しておいた。このホテルは、ロンドン中心部の一等地メイフェア地区それもハイドパークに隣接しており、スタンダードルームでも一泊10万円近くはするらしい。
「アフタヌーンティーといえども、ここではやはり事前にリザベーションを取るのがマナーですね。今日の3時からという事で予約を入れておきましたよ。私達もいいチャンスですのでご相伴に預かることにさせて頂き、4名で行きましょう。」
ロンドン駐在暮らしが始まったばかりとはいえ、さすが海外通の商社マン、流儀を心得ておられる。
若くもない中年のおじさんと言わざるを得ない我々4人を乗せた車がホテルの玄関口に到着すると、裾丈の長いモーニングのような制服を着たベテランのドアボーイが矍鑠かくしゃくとお出迎えだ。

メイフェアやハイドパーク付近には、名門ホテルが数多く立ち並ぶ。それぞれが、伝統の中にも趣向を凝らしたアフタヌーンティーを楽しませてくれる。

中に入れば、豪華な生け花をこれでもかと飾った大理石つくりのロビーホールがあり、いよいよという期待感で一同若干緊張しつつもさらに進む。
すると奥行きのあるプロムナードと呼ばれる空間があり、ソファーが配置されており、ここでアフタヌーンティーが、始まっているようだ。上品な感じのご婦人方や若いカップル、裕福そうな年配のカップルなどが様々なティーでくつろいでいる。
Fさんがラウンジマネジャーに予約済みの旨、用件を告げ、中ほどのソファーの席に案内される。
黒いモーニングに身を包み、今思い返せば当時のサッカーのスーパースター、ベッカム似の快活なティーサービスマンが、われわれのテーブルを担当するらしく、早速自信に溢れるにこやかな表情でオーダーを聞きにきた。
“In the beginning would you like a glass of Champagne ?”
「最初にシャンパンをいかがですか?」
「アフタヌーンティーのコースが一人前20ポンド以上とは、結構な値段だが、シャンパンつきの豪華版でぜひ行ってみましょう。」
同時に彼からティーのメニューを示され、最初のポットで淹れるティーは何にするかを決めオーダー。
いよいよおじさん、いや日本人の紳士4人でのアフタヌーンティーが始まった。
まずシャンパンが運ばれ、ほっと一息つく。ロンドンも、6月ともなれば陽気が良く、結構暑い位だ。でも上着を脱ぐのはしばし我慢しよう。

シャンパンで始まるアフタヌーンティー。

しばらくすると、フィンガーサンドウィッチが各種来たので、指差して分け取ってもらう。親指と人差し指でつまめる位の大きさの正方形で、中味はキュウリ・サーモン・卵・トマトなどで上品で自然な味だ。紅茶の方は、彼の説明と勧めに従って頼んだ、セイロンディンブラベースのホテルブレンドとアッサムが別々のポットで運ばれ、テーブルは既に賑やか。正統派らしくウィズミルクで、飲めば、英国式ゴールデンルールで十分に浸出された紅茶の味わいは、勿論けちをつける所なく、実に美味しい。
またサービスは、てきぱきとなかなかに手際よく、こちらの希望を聞きとれるよう程良い距離を保つといった、暖かい気配りも感じられる。
サンドウィッチのお替りもほどほどに終えると、今度は、いよいよ有名なデボンシャークロテッドクリームにジャムが添えられ、出来立てのスコーンが来る。
オジサンたちには、やや取り付きにくいかと思いきや、
「イギリスでは、ごく普通に家庭でこれを上手に作るそうですよ。」とどちらからか、ご尤もな講釈など出て来て、ご同席の皆さんそれなりに悦にいっている様子。
スコーンを食べているとどうしても、紅茶の杯数が進んで行く。それを見計らってか、「次の紅茶は、いかがでしょう?」
とタイミング良く、彼が聞いてきてくれた。日本の高級ホテルとは異なり、どうやら何度でも追加で頼めるらしい。
「次は何がお勧めかな?」
この質問で、ますますサービス精神が湧き上がってきたのか、とても自信に溢れた口調で紅茶の種類の紹介が始まった。
「それでは、アールグレーとダージリンをお願いしよう。」
“Yes. Sir!”
「かしこまりした。」
こうして2回目のお茶もテーブルに並び、かれこれ1時間半位は過ぎようとした頃、彼はいよいよホテルのパティシエ作のペストリー各種が綺麗に並べられた大きなトレーを良く見えるように運んで持ってきた。
「次はお好きなお菓子を、召し上がれ。」
「どれも美味しそうだな。二つもらってもいいの?」
「幾つでもお好きなだけどうぞ。」
おじさん達も子供に返ったようだ。
こだわりのケーキ類や甘いものもふんだんに食べ、紅茶もずいぶんと楽しんだ。すると次第に押し寄せてくる満腹感。コンプリートアフタヌーンティーの完結が、いよいよ近づいてきた。

最後は、ホテルのパティシエが作る色とりどりのケーキや焼き菓子。

そうこうしているうちに、テーブル待ちのお客さんもいる様子。
「それでは、そろそろ失礼することにしましょう。」
彼を見て合図をし、
“Could I have the bill?”
「お勘定を願いします。」
“Thank you. Sir!”
「承知しました。」
しばらくして、彼が勘定書きを持ってきた。
「これには、サービス料は入っているのでしょうか?」
「入っているはずですよ。」
と、Fさんは教えてくれる。
『 彼のサービスに対するチップはここに含まれているのだろうか? 』
と少し気になる疑問が、瞬間的に脳裡をよぎったが、とりあえず伝票にサインをし、カードを添えて彼に渡した。
今考えると、彼が勘定場に向かうのに少しの間があったような気もする。
勘定が済むと、彼は帰り際に、
「今日のお茶はいかがでした?」
と聞いてきたので
「どれも美味しくとても素晴らしかったよ。」
と返事をしたけれど、心なしかそっけなく別の客の方へと向かっていったのが思い出される。
後にカード払いのときは、チップ分を自分で書き足して合計額で精算すればよいことを知ったが、後の祭り。
良いサービスだったのに、ベッカム君には、悪い事をした。思い出しては、反省しきり。
ともあれ、こうして4人の紳士による午後のお茶会は幕を閉じた。

6月のハイドパークは、色とりどりの花が咲き乱れ、サーペンタイン湖は、やや霞んで見える。

ロンドンで人気のサンドウィッチチェーンで
話は変わって、最近のロンドンは、アフタヌーンティーの根強い人気に加えて、スターバックスなどのコーヒーショップの進出と定着はご多分に漏れず、好調の様子。そんな中で特に目立つのが、プレタマンジェのサンドウィッチチェーンだ。
実は、サンドウィッチやグルメコーヒー以外に、店で働く娘さん達が、結構イカしているのも惹かれるところ。ティーンエイジャーからせいぜい20歳を少し過ぎたくらいのカワイイ、ロンドンっ子達が、愛想良くそして、きびきびと元気に働いている。特にハイドパーク・マーブルアーチ向かいの店で前回見た女の子は印象的。店の看板と同じ臙脂(えんじ)色のバイザーの後ろから、栗毛色のポニーテールがカッコよくなびいていて、実にイカしていたなあ。
しばらく後に出張で行った際、そんな好印象のあるプレタマンジェをナイトブリッジにも見つけ、朝食としてBLTサンドウィッチを食べに立ち寄った。サンドウィッチは、三角切り2個入り、カリッとしたロースト・ベーコンがレタス・トマトにまぶされ、うまくマッチングした結構イケる、濃い目の味。エスプレッソ風のラテを少し甘くして飲むと、良く合う。スパイス効かせたチャイも相性よさそうだがなぜかこちらは、メニューにない。
この後ナイトブリッジにある高級デパート、ハロッズでフードホールの贅沢の限りを尽くした売り場などをマーケットリサーチ。そろそろホテルに戻って帰り支度をしようと考えていると、大事なカメラをどこかに忘れてきたことに気付いた。
『しまった!いや待て、落ち着いて考えよう。そうだBLTをカウンターで食べているときは、確か横に置いていたはずだ。・・・・・・・』
『そうだ、あそこだ。』

急いでその店に戻り、先ほどレジでお金を払った店の女性に、
「すみません。もしかして今から40分ほど前にここにカメラを置き忘れたようなのですが?」
すると、彼女は店長と思しき男性に用件を伝えてくれた。
「良かったですね。カメラはとって置きましたよ。持ってきますから少し待っていてください。」
1分程して、正しく私のカメラが目の前に現れ、ほっと胸をなでおろした。
以前、同じロンドンでチップを、払い損なった苦い経験が、再び脳裡をよぎった。
気は心と財布を出して中を覗けば、1ポンドコインに5ポンド、20ポンド札。ホテルのポーターでもあるまいし、1ポンドコインでは、かえって失礼。
「貴方の親切には、心よりお礼申し上げます。ほんの気持ちですがぜひお受け取りください。」
と、5ポンド札を手渡そうとしたけれど、店長さん、かえって困ったような表情で
「いや、いや。そんな必要は全くありません。それでは、お気をつけて。」
やむなく深く頭を下げて店を出ようとすると、彼はにっこりと微笑み、仕事に戻って行った。
カメラは無事に戻っての帰り道は足取りも軽やかで、ややひんやりとした空気が頬を通り過ぎ心地よい。歩みとともに、何故かほのぼのとした気持ちが込み上げてきた。
外国に来ても、ふとしたことで人々の暖かみを感じた出来事だった。
最近のプレタマンジェでは、ブレッドやベーグルを使った様々なナチュラルサンドウィッチ・サラダに始まる楽しいフードメニューに、シナモン・ベリー、レーズンなどでやや甘めのダニッシュやクロワッサンなどのベーカリー、クッキー・チョコバー・マフィンなどの焼き菓子系スイーツ、ポテトチップスなどのスナック・フルーツカット・カップスイーツなど、朝と昼の腹ごしらえメニューは、パーフェクト。何か食品アレルギーが心配な人にも各メニューの原材料リストからアレルギー情報は、お店でもネットでも親切に示されており、安心できるメニューをオーダーすることができる。自然派の商品つくりで健康安全志向については、なかなか細やかな姿勢が感じられる。面白いのは日本では考えられない丸の赤リンゴ1個0.6ポンドとメニューにあるのには、リンゴをそのままかじるであろうイギリス人の昔ながらの素朴さを見る思いがした。ロンドン市内マーブルアーチ店の数あるブログ写真の中に、大きな口を開けて野菜サラダを大口で喰いつく(失礼!)ボリス・ジョンソン首相が登場していた。

話は、先のホテルのアフタヌーンティーに戻るのだが、高級感漂うホームページを見るとまず気になる現在のお値段はトラディショナル・アフタヌーンティーが80英国ポンド(約12,000円)から、シャンパン・アフタヌーンティーが92英国ポンド(約14,000円)からと、為替レートは当時と異なるが、こちらも超一流のレベルをキープしている。
そしてキャッチーなお誘いの言葉は、
A perfect excuse to indulge
自分の気ままな時間を過ごすためには完璧な作法、直訳するなら怠けてサボるための完璧な言い訳、です。
と、ここドチェスターホテルでは、もし行くことを躊躇されている方がいるとすれば、そのお客様への肩を押してくれている。
そしてもう一つ大事な点、お判りでしょう?一日一食でいいつもりで、是非お腹を空かせて行きましょう。

田中 哲

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