紅茶百科

紅茶見聞録

Black tea chronicles

ヒルトンで朝食を

アムステルダム市内の運河と繁華街。
アムステルダム市内の運河と繁華街。

早朝の5時半、1日のティーの始まりには、夫が自ら沸かして紅茶を淹れる。たっぷりと注がれたミルクティーを飲みつつ、妻にも運んでから出勤する。それから午前8時頃に、2回目のお茶を朝食とともに勤務先で飲む。こうしてイギリスでは、寝るまでに1日10回のティータイムがあった。これは今から80年ほど前に出版された名著『オール・アバウト・ティー』にある記述で、日本の奥様族がよく羨ましがる話だが、10時間労働がきまりであった頃のこと。夫が淹れた紅茶はきっと美味しかったことだろうが、上流階級の「アフタヌーンティー」のマナーや、召使いに起床前のベッドサイドまで運ばせる「目覚めのティー」等の習慣へのあこがれが影響してか?庶民階級にも徐々に広がり、紅茶が人々の暮らしに浸透したのだろう。

ところで私などは出勤前の慌しい時間の朝食を、楽しんでいる余裕などまず無く、起き抜けで食欲わかぬ寝ぼけ眼のまま、トースト1枚と黄色の定番ティーバッグをミルクティーにして何とか流し込む毎日。それも大抵は妻が淹れてくれるのを待っていられず、結局自分でポットを温め淹れている。まるで古き英国の伝統になっているではないか?

毎朝の余裕のなさに紅茶屋としての反省の意味も込め、今回はヨーロッパのホテルで、紅茶といえば思い浮かべるようなイメージどおり、ゆったりと優雅でおいしい時間をTea & Breakfastで楽しむことにしよう。

アムステルダム市内の運河と繁華街。
アムステルダム市内の運河と繁華街。

その年のゴールデンウィーク後半は世界第二の紅茶生産国ケニアへの出張となった。ナイロビからの帰路は、オランダのアムステルダム経由で週明けはドイツ・フランクフルトへ。スキポール空港寄りに位置するヒルトン・アムステルダムを移動日の週末宿泊先としてチェックインした。なんとこのホテルで1969年3月にジョンレノンとオノヨーコさんが結婚後、世界平和を訴え7日間の「ベッドイン・フォー・ピース」をしたそうで、その時の写真が、さりげなくロビー横の壁に飾られている。そういえば当時はベトナム戦争が泥沼化の様相を呈し、アメリカからヒッピーが誕生、鳩の足跡を象ったピースマークが流行っていた。何はともあれ、ここアムスで欧州紅茶事情調査の開始。

ヒルトン・アムステルダム、運河に面し中庭にマリーナもある。
ヒルトン・アムステルダム、運河に面し中庭にマリーナもある。
日曜朝の市内は静寂。
日曜朝の市内は静寂。
朝食後は、腹ごなしに近くのフォンデル公園を散歩。
朝食後は、腹ごなしに近くのフォンデル公園を散歩。
公園内の高級住宅とジョギングやスケートを楽しむ市民。
公園内の高級住宅とジョギングやスケートを楽しむ市民。

5月初めの土曜の夕方、チェックイン後のホテルから散歩にぶらっと出かけたが日はなかなか暮れそうもない。夜の8時も大分回ったころ、夕方の薄明かりの街中は、爆竹や鳴り物を使って大声で騒ぐ大勢の地元の人たちが、まるで反政府デモかのように叫びながら押しかけて来るのは、何やらキナ臭く、かなり薄気味悪い。しかし、少し変だ?なぜか皆濃いオレンジ色のシャツを着ている。後でわかったことだが、彼らはフーリガン化したサッカーサポーターだったのだ。贔屓のオランダチームが勝ったか負けたか知らぬが、大柄の男達の群衆は、なんとも怖かった。

ところで話は、紅茶にもつながって、FTGFOPなど紅茶のグレードをいうときに使われるOP(オレンジペコー)のOは、オランダの国の色オレンジに由来しているとすることが、紅茶関連の信頼できる書籍に記されているらしい。その昔(17世紀頃)オランダ東インド会社が茶の交易を仕切っていた頃から、いい紅茶にはオランダ王室にちなんだオレンジをつけて、マークしたのが、その始まりとの説だ。水色も茶葉も全くオレンジ色ではないダージリンの一番茶のグレードにも、オレンジのOをつけるのは、その説を裏付けている、とあるインドのティーマンが言っていた。

昨夜の騒ぎから一晩が明け、日曜の朝なのでゆっくり起きるつもりだったが、窓の外は早くも明るく、自然に目覚めてしまうが気分は爽快。早速一階のロベルトズ・レストランへ。中に入るとすぐ長身でハンサムなホテルマンが、笑顔で迎え入れ案内してくれる。窓に近い席に着くと若いウェイトレスが「コーヒー・紅茶?おいしいフレッシュオレンジジュースもいかが?」と聞いてきた。もちろん紅茶を頼み、ジュースもいただくことにする。 テーブルのペーパーランチョンマットには
“Breakfast time is Hilton time”
とある。つまりヒルトンは朝食に自信ありってことだ。

しばらくするとトワイニング社製のややプレミアムなティーバッグを各種並べた木箱を持ってきて「お好きなティーをどうぞ。」濃い目で飲むべくアッサムとセイロンを各1バッグ選んで2バッグを合わせてポットに。その他、ダージリン、アールグレー、イングリッシュブレックファスト、ハーバルなどいずれも既製品のティーバッグだが、セレクションは文句なし。3杯位は採れそうなポットでサーブし、ヒルトン特製のスリムなマグカップで飲む。朝食時のティーとしては機能的でスマートな納得できるクオリティー。

さて肝心の食事は、ホテル朝食の定番、ブッフェである。綺麗に並べられている素材は見るからに上質で見ているだけでも、楽しい。ワクワクしてプレートに食べられる分だけを選び取るのがまた悩ましい。思い出せるままに再現しよう。

まずジュースは、グレープフルーツ、アップル、トマトが色鮮やかに円筒ガラスのディスペンサーに並んでおり、もちろんフレッシュミルクもある。

続いてサラダは、濃淡色とりどりのグリーンサラダ・トマト・キューカンバー・各種オリーブに絶妙な味わいのドレッシング2種。その隣にはフレッシュフルーツとしてオレンジ・リンゴ・ブドウ・プルーン・メロン・パパイヤ・バナナ・パイナップル・・・食前食後にお気に召すまま。

パンは、さすがに本場ヨーロッパだけあって各種ブレッド・クロワッサン・デニッシュなど食べた全てがグー。隣には、ストロベリー・ブルーベリー・ラズベリーなどのプレザーブ・マーマレード・ハネーにヨーグルト。

これまた本場のナチュラルチーズは惜しいが見るだけ、お次の旨い魚には、日本人はなぜか心を動かしてしまう。ビネガーを利かせたニシンのマリネや、しめ鯖風の刺身もあり、とても新鮮。定番のスモークサーモンはもちろん上物で、美味しいものは万国共通なのか、サバやサーディン(スモーク風味と塩焼き風)のグリルの味わいは和食に通じる。メインのハム・ソーセージベーコン類は、生とグリルに分けられ吟味された充実の品揃えだが残念ながら食べ切れない。

ブッフェはまだまだ続き、オーダーメイドの卵料理・野菜やパスタ・中華のホットグリル・シリアルまである。 テーブルに着けば、テラスの外の新緑の木々からやわらかな朝の陽射しが木漏れ日となっている。そしてさわやかな空気をほのかに暖め、紅茶と彩り豊かなプレートを明るく照らす。なんと心地良く贅沢なひとときだろう。

ゆったりとした時間の中で、洗練された粋な朝食を楽しみながらのティーウィズミルクも実にEnjoyable。

忙中閑あり。そして自由な孤独のグルメだ。

「期待に応えるヒルトンタイム、なかなかいいじゃないか。」

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