紅茶見聞録

紅茶見聞録 その6

イングランド発祥 ラグビーと紅茶の意外な接点

 試合が、キックオフした。
「スコットランドには勝てないでしょうね。」
目の前で鉄板焼きの準備を進める初老のシェフが、話しかけた。
「今日は、日本が勝ちますよ。」
私は、少し意地になって、語気を強めてしまった。
その直後スマホのテレビ画面は、最初のトライをスコットランドが決めたことを映していた。

スコットランド・エジンバラ

スコットランド・エジンバラ

・・・
 ラグビーワールドカップ2019では、日本チームは世界中のラグビーファンを唸らせるすごい試合を見せてくれた。特に日本対スコットランド戦は、前回ロンドン大会ではやりたい放題に大量得点され悔しい敗戦を余儀なくされたが、今回は*ティア1(tier1)のスコットランドに対して、見事に雪辱を果たすこととなった。その結果、無敗でベスト8決勝トーナメントへの進出を決め、日本の感動は最高潮となった。

イングランド発祥ラグビーと紅茶の意外な接点

 映画俳優のダスティン・ホフマンにどことなく似た顔立ちのグレイグ・レイドロー選手は、スコットランドが誇る名スクラムハーフで正確無比のキックを持つ。2015年の前回大会では、失点の大半は彼にしてやられた結果で、憎らしいほどに精密な技術と冷静な戦略判断を併せ持つ印象であった。今回は日本の圧力に屈し、いいところを封じられていた。相手のお株を奪う、日本の実力勝ちの内容であった。
 大変心外な結果であったかもしれないが、試合後のインタビューでは、日本チームと日本のファンに対して称賛を贈る紳士のラガーマンであった。彼へは前大会以来憎らしささえ感じてきたが、それは自分の浅はかな思い込みであった。難しいことだが、強い人間こそ、負けた時の態度は、大切だ。
 ところで、ラグビー発祥の故郷は、英国紅茶文化の源でもあるイングランドだ。何か結びつくことがあるのだろうか?
 1823年、イングランド北西部にある名門パブリックスクール・ラグビー校でウィリアム・ウェブ・エリス少年がフットボールの試合中に、ボールを拾い上げ持ったままゴールに向かって走って行った。周りは唖然としたらしい。
 これが、ラグビーの名前の由来であることは、ラグビーファンならずとも知るところである。1840年には、このゴール認定である「ランニングイン」が確立。
日本ラグビーフットボール協会「競技規則」によれば、ラグビーの他のスポーツと異なる競技方法として、

@手も足も両方使うことができる。

Aプレーヤーはボールを持って自由に走ることができる。

B防御方法にも、安全性を損なわない限り、制約がない。

Cゴールラインを越えてボールを持ち込むことによって得点となる。

Dボールは後方にいるプレーヤーにのみパスをすることができる。
(他に、たくさんのルールと原則があるが、省略。)


 「ラグビーは、紳士がやる野蛮なスポーツ」、対する「サッカーは、野蛮人が・・・」、おっと相当な英国流の階級的偏見がありそうな表現なのでこれ以上書くまい。
 ボールを手に抱えて走ったエリス少年の名前を戴いてその名称とした優勝杯が、その名もウェブ・エリスカップである。このエリスカップは、優勝経験チームの人間以外は、決して素手で触れてはいけないという大変に崇高なものだ。

 今回世界の頂点に立ちカップを手にしたのは、日本が敗れた南アフリカで12年ぶり3度目の優勝であった。試合前の予想で絶対の優勝候補と目されていたのは、世界ランク1位で名将エディ・ジョーンズHC率いるイングランド。戦いぶりは、南アのフォワード陣が圧倒して、イングランドを終始押しまくり、世界一の強さを見せつけ、32対12。

イングランド発祥ラグビーと紅茶の意外な接点

南アフリカチームはフィジカルに優れた素晴らしい選手ばかりだ。小粒ながら大男に果敢にタックルを食らわし倒してしまう強靭な金髪ロン毛でスクラムハーフのF・デクラークは、常にボールがあるポジションにいて、的確な球出しをする。満を持して登場したC・コルビは、俊足ダッシュと超華麗なステップで敵をかわし、最後のダメ押しトライを挙げた。
 『僕たちの国には、いろいろな問題がある。いろいろなバックグラウンドから選手が集まり、一つの目標に向かって一丸となった。
そして、自分のためにプレーしたのではない、国のために戦った。いろいろな人たち、ホームレスの人たちも応援してくれた。何かを成し遂げたいと思った。一つになれるということを見せたかった。』
 黒人選手初のキャプテンであるシア・コリシ選手は、優勝インタビューに答えて、続けていった。
 Thank you so much. People of Japan. People come from England.…
 アリガトウゴザイマス

 世界は、経済大国の米中を筆頭とする主要国同士が露骨な自国利益第一主義で、エゴむき出しの展開が続いている。多くの国で権力者や政治家たちは、個人の権益確保に走っているようだ。

イングランド発祥ラグビーと紅茶の意外な接点

 ラグビーワールドカップのティア1の強豪4チームを擁するイギリスはといえば、ボリス・ジョンソン首相率いる与党・保守党が下院過半数を獲得し、EUからの離脱が確実になった。一方で、スコットランドが独立を求める動きや英国の一部であるアイルランド内北アイルランドの国境や通商経済の課題も残っている。日本は、核を含めた世界平和や地球環境に向けた、本来望まれる世界へのアピールができているとは言えない。地球は一つだが、各国の思惑は異なるため、解決すべき不調和が山積している。

北アイルランド・ベルファスト クイーンズ大学

北アイルランド・ベルファスト クイーンズ大学

ベルファストのセント・ジョージス市場

ベルファストのセント・ジョージス市場

 翻って、スポーツは人々の心を高揚させ、プレーヤーだけでなく、それを見る人たちにも一体感を生み出してくれる。地球をワンチームと考えたなら、日本も含めて必要な軌道修正に取り組めないものかとも考えさせられたラグビーワールドカップだった。
 エリス少年がラグビー校でゴールに向かって走った1823年は、同じ英国のスコットランド人ロバート・ブルースが、インド・アッサムの奥地で初めてアッサム種の木に巡り合った年だ。
 ラグビーの誕生と世界的な紅茶産業をもたらしたアッサム種茶樹の発見は、偶然ではあるが、地球上で今からおよそ200年前の同じ年に起きていたことになる。ともに世界の他の地域へと人々を惹きつけ、巻き込みながら、発展を遂げてきた。そしてイギリスが発信の接点となって、ワールドワイドに展開していった事実は、共通点と言えよう。
 というわけで今回の紅茶見聞録は、あまりに素晴らしかった2019ワールドカップJAPANに始まり、終わった次第。
 紅茶の発明者が、イギリスであるとは言うまいが、世界の紅茶産業主要国の開拓に大いに貢献した上に、ラグビーという素晴らしいスポーツを生み出してくれた点で、イギリスにはあらためて敬意を表することにしよう。

アイルランド ダブリンの有名なパブ

アイルランド ダブリンの有名なパブ

 ラグビーの試合があると本場イギリスでは、ビールの消費が格段に増えるそうだ。勝っても負けても、ノーサイド。
 さんざん飲んだら、仕上げの一杯は、アッサム紅茶にミルクを入れて、ほっと一息。
 2百年前の出来事に思いを馳せ、カッと盛り上がった興奮を沈めよう。
 Have a good cup of tea!

ダブリンのホテルのティー

ダブリンのホテルのティー

※ティア1(tier1)国とは、ラグビー界における強豪国のことで、イングランド・ウェールズ・スコットランド・アイルランド・フランス・イタリア・ニュージーランド・オーストラリア・南アフリカ・アルゼンチンの8か国10チームからなる。英国連邦が多く含まれ、紅茶飲みの国が多いのも、頷ける。


田中 哲

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