紅茶見聞録

紅茶見聞録 その4

紅茶は、発明品?それとも偶然の産物?

 ティー・コーヒー・ココアは、世界三大嗜好飲料といわれる。そしてティーに関して言えば、地球上で水に次いでたくさん飲まれている飲み物が、ティー、即ち紅茶である。最新のデータで、お茶全体の生産量のなんと50%以上は紅茶である。(*1)
 こんなメジャーな飲み物である紅茶の発明者は、いったい誰なのだろう?
 紅茶の起源や発明に関しては、先人によってたくさんの説が披露されてきた。
 茶の生葉を傷つけて放置しておくと緑色から茶褐色に変化する現象が起きる。
 この現象を知った誰かが、緑茶を作るのと同じ生の茶葉から、色も味も異なる紅茶が、できてくることを偶然に、思いついたのかもしれない。
 のちに解明されたことだが、生葉中にある酵素の力で茶ポリフェノールが酸化発酵されて紅茶特有のポリフェノールになってくることを自然現象としてとらえたこと、つまり紅茶誕生のトリガーとなる第一の発見が起きたのだろう。
 紅茶誕生の起源については、すでに諸説が存在している。一つずつ順にご紹介しよう。どれが事実か?
 日本紅茶協会のティーインストラクター養成研修でも紅茶の起源については、講義で取り上げられている。
 其の一は、十七から十八世紀頃に中国で船に積まれた茶が、イギリスに向けてのインド洋上での航海中に、発酵が進み偶然紅茶が出来上がった、というと妙にロマンを感じるが、これがいわゆる『船上発酵説』である。
 ホント?これって嘘っぽくない?
 この説は尤もらしいので最初はなるほどと信じてしまうかもしれないが、いわば後付けの作り話であるというのが定説。
 先にも述べたように、紅茶作りの発酵プロセスは、酵素ポリフェノールオキシダーゼによる酸化重合反応だから、一度熱で乾燥させられた緑茶には肝心の酵素活性は乏しく、仮に航海中の船上で、海水の飛沫(しぶき)の水分が与えられたとしても、茶園の製茶工場のようには、うまくは行くまい。
 続いて、紅茶は、偶然の産物だったものが、東西交易の流れに乗って、海の向こうで人気になったという見方も存在する。
 十七世紀ごろに初めて本来の緑茶としては価値の低い、いわば出来損ないのくず茶が、中国人から茶貿易を担うオランダ商人達に売り渡された。そして、中国から英国をはじめとする欧州に運ばれていったことが始まりらしい。
 名付けて『出来損ない緑茶説』。
 その結果、中国人にとっては下級品の外観が黒いいわゆるBLACK TEA が、欧州ではむしろ好まれるという意外な結果を招いた。
 まるで瓢箪から駒が出たような話だが、この説は、熱心な研究者の史実調査を経て明らかとなっており、信ぴょう性が高い。

世界遺産の武夷山。

世界遺産の武夷山。

武夷山にある烏龍茶品種の茶畑

武夷山にある烏龍茶品種の茶畑

 『ボヒー起源説』は、中国福建省北部の「武夷山」に由来する発酵茶ボヒー(Bohea=武夷)が、紅茶の始まりに相当するものとしてあげられる説だ。
 加えて、中国での紅茶の発祥と現地で公言されている『正山小種起源説』もある。崇高な武夷山をして、お茶の唯一正当な山として認め、「正山」と称し、これまた正当な烏龍茶品種である小葉種の「小種」をつなげた正山小種(別名ラプサンスーチョン)こそが、紅茶の始まりであるとの説が伝えられている。産地が武夷山なので、前述のボヒーともつながる話である。

武夷岩茶の最高峰である大紅袍の原木は、手の届かない岩場に数本だけ今も根を張って生きている。

武夷岩茶の最高峰である大紅袍の原木は、手の届かない岩場に数本だけ今も根を張って生きている。

 『カングー茶起源説』は、手間暇をかけて作ったという意味の手作り紅茶であるカングー (Congou=工夫)が、その後にインドやセイロンで大々的に作られるようになる前の中国での紅茶の前身として数えられてもいる。
 こんなにもいろいろな説が出てくることは、紅茶を愛するお歴々の議論の産物なのだろう。
 角山栄氏の名著「茶の世界史」によれば、イギリス東インド会社による紅茶、緑茶の18世紀の輸入統計に、紅茶の割合がどんどん増えていく流れが数値として示されている。
 1720年代には、ボヒーを中心とする紅茶の比率が45%程であったが、1730年代、40年代、と年を追うごとに増え1750年代には、66%程迄になってきている。

結論は、偶然の産物だった!
 東インド会社によってヨーロッパに輸出され始めた福建省武夷山付近を産地とする武夷茶(ボヒーティー)や工夫茶(カングーティー)が、醗酵度が進んでおり紅茶に似ていた。
 それらを作る茶農や茶職人のうちのパイオニアたる誰かが、イギリス人をはじめとするお茶好きが求める嗜好に合わせ紅茶らしくしていった。天日干しによる萎凋や発酵度の調整を行って品質の工夫・改良を重ねた結果、徐々に本物の紅茶になってきたのが本当のところのようだ。
 ボヒーやカングーこそが、紅茶の起源であるということになってはいるが、元は所詮偶然の産物であったという捉え方が自然である。紅茶の起源についての結論は、これにて終結。
 船上発酵説のように人々を楽しませてくれるこの手の話も、矛盾に満ちてはいるが、それがまた面白くもあるところ。

武夷山に沿って流れる夕立の九曲渓は、水墨画の世界。

武夷山に沿って流れる夕立の九曲渓は、水墨画の世界。

 紅茶見聞録は、今回で4回目、まだ走り始めたばかりですが、読むのに疲れた!ことでしょう。
 紅茶の起源・酵素反応、など長々と少しまじめな話で肩が凝った方には、次の見聞録の行き先、リゾートアイランドのセイロンで、寛いでいただきましょう。お楽しみに。

夏のある日、長野県湯の丸山のクジャクチョウ。美しい翅の赤い地色は紅茶に通じるかも。

夏のある日、長野県湯の丸山のクジャクチョウ。美しい翅の赤い地色は紅茶に通じるかも。

(*1)世界の茶生産量は、2017年約580万トンでそのうち紅茶は、320万トンと推定される。1杯あたり茶葉使用量2gで換算した場合、年間1兆6千億杯。
ちなみにコーヒー生豆は、同じく約1千万トン生産されるが、1杯あたりコーヒー生豆量10gで換算すると、年間1兆杯。


参照文献
”All About Tea - W.H.Ukers 1935”
「茶の世界史」角山栄 中公新書


田中 哲

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