紅茶百科

紅茶見聞録

Black tea chronicles

ダージリンへの旅

ダージリンからヒマラヤ山脈を望む。秋には、世界第三の霊峰カンチェンジュンガがくっきり見える。
ダージリンからヒマラヤ山脈を望む。秋には、世界第三の霊峰カンチェンジュンガがくっきり見える。

ダージリンは、紅茶好きならだれでも知る有名産地、紅茶狂でなくとも一度、行けるものなら行ってみたいところ。そうはいってもヒマラヤ山脈の中腹なので道中短くはないけれど、今回は読者諸氏をお連れしたい。

成田から向かうべき最初の目的地は、インド東部玄関口の歴史的商業都市カルカッタ。ここへは、バンコク経由(タイ航空)かシンガポール経由(シンガポール航空)で行くことができる。

カルカッタ空港で航空機のタラップを降りると同時に独特の熱気が顔を覆う。薄暗い空港内で時にしつこい入国管理官や税関とのやり取りを抜けようやく外に出る。やっとインドに着いたかという感慨に浸る間もなく、不慣れな旅行者のようにボーとしていれば、どこからともなく無数の俄かポーターが体臭と共に現れ、「俺が運んでやるよ。」と言わんばかりにスーツケースに手を伸ばしギュッと握って来るわ、さらに独特のかわいい目を輝やかせた裸足の子供たちに取り囲まれてしまう。これがインドか!

空港から車でカルカッタ市内まで向かうと、徐々に人影も多くにぎやかな雑踏となってくる。路上生活者が不思議な調和を保って暮らし、生活感溢れる光景に目を奪われる。やがてヨーロッパ調の建物も多くぐっと都会的な繁華街チョーリンギー大通りに入ると、植民地時代の雰囲気漂う一級ホテル、オベロイ・グランドに到着する。

車寄せでターバンを巻いた貫禄あるシーク教徒のベルキャプテンの出迎えを受けると、フロントのインド美女がにこやかにチェックインを待ち受けてくれている。

いよいよ明日は、念願のダージリン。外の雑踏とは別世界のロの字型に建てられたホテル中庭にあるプールサイドでくつろぎ、インドビアーでほっと一息。

オベロイ・グランド・カルカッタ
オベロイ・グランド・カルカッタ

ラフな服装に着替え、スコール上がりのぬかるんだチョーリンギー通りに出れば、歩道に横たわる気の毒な姿の物乞いや、痩せた赤ん坊を抱いた母親らしき女性が憂いのある目つきで私のほうに手を差し出してくる。

“No money, Sir. No milk, Sir.”

そして街の匂いは、腐ってすえたタマネギとピーマンが入り混じった様な異様な臭気。という訳で、一人歩きは少し勇気がいるかも知れぬが、ホテルを出てチョーリンギー通りから歩いてすぐの、ニューマーケットあたりを散策するのも面白い。人力自転車タクシーのリキシャに乗っての見物や、牛乳でインド紅茶を煮出して作るチャイを気軽に楽しむこともできる。

さて夏には避暑地でもある観光地ダージリンは、カルカッタと同じウェストベンガル州に属するが、600キロメートル真北に位置し直ぐ西はネパールに隣接する。

翌朝の便でカルカッタからインド国内線に乗るのだが、国内線といっても搭乗の際、銃を持った軍人が警備をしており、パソコンやカメラなどの持ち物のチェックが極めて厳しい。爆発物を警戒してか、常に電池の有る無しを聴いてくるので「ノーバッテリー!」と返事をすることである。小一時間のフライトでダージリンの麓に位置するバグドグラ空港に着く。ここから先は、徐々に山岳地帯に入ってゆくのでジープなどの四輪駆動車でいけば、標高二千メートルを越えるダージリンの中心部まで約三時間の山登りドライブとなる。カーブの多い山道を走り続け、回りがどちらを向いても起伏の有る急斜面になってきて、強引とも言えるほど見事に植えられた茶畑が姿を現す頃、道を行く人々の顔つきは、いつの間にか日本人に似たモンゴロイドとなっている。不思議な親しみを感じ、自分の故郷に着たのではないかという錯覚を覚える。薪を燃やす煙の臭いが、鼻にツンと感じられるようになればいよいよダージリンタウンに到着だ。

ダージリンタウンもすぐそこ。
ダージリンタウンもすぐそこ。
セリンボン茶園、稜線はネパール国境。
セリンボン茶園、稜線はネパール国境。
1991年第一回ダージリンフェスティバルで。
1991年第一回ダージリンフェスティバルで。

ダージリン紅茶の誕生とその真髄

ダージリンでは、その地域内にある87の茶園だけが厳密に登録されダージリンの名称を使用することが認められている。ダージリン紅茶の生産量は年間およそ1万トン前後しかない。インド全体のわずか1%強でその有名さに反し極めて少ない。その中で特に優れた品質の紅茶を生み出している茶園では、温帯性小葉種である中国種(チャイナブッシュ)が90%を超える比率で植えられている。樹齢百年を越える樹もさほど珍しくはない。ここにダージリン紅茶誕生の起源に遡るヒントがある。実は英国植民地政府が十九世紀に入り中国から持ち込んだ茶樹の栽培がアッサム地方で上手く行かず、行き場のなかったこの中国種茶樹がダージリン地方に持ち込まれたのであった。そしてインドではここで初めて中国産茶樹の適性が確認されるに至り、1852年頃より商業的生産が開始された。つまりこの地で栽培されたことで茶の嗜好品としての潜在的可能性を見事に発現し、世界でも稀有でユニークな香りの紅茶が誕生したのである。

クオリティーシーズンの5月後半から6月頃に茶摘み・生産されるセカンドフラッシュ(二番摘み)は、特に素晴らしい香りを持ち価格も急上昇する。そのキャラクター“マスカテル”の語源はムスクだそうだが独特の甘く魅力的な香りを持つ優良茶は、特に高値となる。高値をつける常連茶園には、キャスルトン、ジャンパナ、チャモン、グームティー、ナムリン、アンブーティア、トウムスン、リンギア、テスタバレー、スングマ、などあるがすべて中国種優勢のエステートである。

茶樹や自然環境が微妙に異なる茶園ごとに、経験豊富な職人の技術者が細心の注意を払って、気候条件に基づいた栽培管理を行う。その上で茶摘みのタイミング、萎凋工程から揉捻・醗酵・乾燥に至る製茶条件の管理監督を行い、品質を競う。その結果がオークション価格に現れる。

今年も、そろそろセカンドフラッシュが空輸で入ってくる時期になった。ベスト茶園の予想をすれば、プッシンビン?・・・有機茶園に転換して品質充実したそうだ。

あのドイツバイヤーは、アンブーティアのオーナーと仲がいいぞ。

かと思えばロンドンの名門百貨店のバイヤーは、オカイティ茶園がお気に入りだそうだ。

結局は、キャスルトンかジャンパナだよ。

噂も実力のうちかこの世界。

紅茶見聞録のその二が読まれる頃には、最高値のセカンドフラッシュが、決着していることだろう。

しかしながら、遠くヒマラヤの地で、丹精込めて作られたティーを紅茶のシャンペンなどと勝手に称しては、『香りがどうの、味がこうの』と講釈し順位をつけるとは、なんともいい気なものだが。

ダージリンは、やっぱり茶人のパラダイス。

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